ひな祭りのためのお噺 #01
ショウコが初潮を迎えたのは、偶然にも3月3日だった。
その日の昼過ぎ、ショウコの叫び声が家に響き渡ったのを、今でも憶えている。
日曜日だったので、家族全員が家にいて、パパもママも二人なりに必死でショウコを慰めた。
それでも、ショウコは初潮を迎えたショックで、ただただ泣き叫んだ。

近所に住むお兄さんが、性別や性のことについてすごく詳しくて、何度も相談に乗ってもらった。
近いうちに二次性徴が訪れることも、それに対する心構えや対策も、たくさん教えてもらった。
それでも、ショウコには生理が来た事実が耐えられなかった。
塞ぎ込んで、学校もしばらく休んだし、毎日泣いていた。

あまりに落ち込んだショウコを見ているのがつらくて、お兄さんの処へ連れて行った。
お兄さんはいつものようにお茶とお菓子を用意してくれて、いつもの調子でショウコに言った。

「それはな、胸出てきたときも言うたが、お前が女になったってわけやなくて、お前の躯が成長し始めたってだけでな。んで、お前の場合、躯がたまたま雌やったってだけでな…………泣くほどつらいのとか、来んといてほしくなかったとか、ってのはわかるけども」
「そんなの、わかってるよ…………でも……でも…………」
「極端に痩せたら生理止まるって前教えたけど、そうやって生理止めようなんて思いなや。それで健康損ねて倒れでもしたら元も子もないで」
「わかってるよ! わかってる、っ、けど…………っ!」

お兄さんは、いつでも健康が第一と言う。
それは、お兄さんの躯が弱くて、健康の大切さを人一倍理解しているからだと思う。
そして、躯の健康だけじゃなくて、心の健康の大切さも人一倍理解している。

「……今は何にも考えなさんな。しんどいときはだれてぼーっとしてるに限る、落ち着いてから考えたらいい」

ショウコはずっと泣いていた。
苦痛や、悔しさや、いろいろ混ざってたんだと思う。

「ただ、そのしんどさとか、悔しさとか、そういうのはちゃんと受け入れたり」
「っ、く…………ぅ……」
「それを押さえ込こもうとしたらあかん。嫌なことは嫌でええねん、そう考えるのは悪いことちゃう。お前が『生理つらい、なんで生理なんか来んねん』って思うことを我慢する必要はない。生理が来ることも、それがつらくてしゃーないことも、ちゃんと受け止めたり。でないと、自分で自分を否定することになって、余計つらなる」
「うん…………っ……」
「お前はまだ小学生やから、できることも限られてくる。自分にできることの中で、できることをしていったらええ。おれに愚痴りに来るとか、『雌やからしゃーない』って開き直るとか。すぐにはできひんかもやけど、ゆっくり時間かけて考えて、できることをひとつずつしていき。ゲームで言うところの稼ぎやレベル上げの時期や、今のお前は」
「っ、ぅん…………!」

そのやりとりを見ていて、自分にもいつかこんな日が来るんだろうなと思っていた。
身長が急に伸びたり、髭が生えてきたり、声変わりしたり、夢精なんかもするかもしれなかったり。
その度に、自分もこういう風に泣いて苦しむんだろうなと、ひっそりと思っていた。
ショウコがこうして苦しんでるように。

「まぁでも、お前も成長したやん」

ふと、お兄さんが笑って言った。

「胸出てきて愚痴りに来たときは『お前になにがわかんねん』とか言うてたくせに、今回いっこも言わんな。レベルアップしたやん」
「だって、っ…………お兄さん、は、男だから、っ……わかるわけないし」
「せや、おれは雄やから生理のつらさなんか知らんし、FtMの生理のつらさなんかよけ知らん。雄である以上、生理のつらさを理解するなんてことはできひん」
「っ……うん…………」
「もっと言うと、おれはお前やないから、お前のつらさはおれにはわからんし、ショウゴにもわからん。お前のつらさはお前にしかわからん。同じFtMでも、同じ生理でも、つらさや苦しみってのは他人と比べられるもんじゃない」
「ぅ、ん…………っ……」
「でも、お前がそれでめっちゃ苦しんでるってのは、おれなりにやけど理解してるよ」

空になった湯飲みにお茶を入れてくれながら、お兄さんは言葉を続けた。

「おれかてそうや、自分にできることしかできへん。ショウゴだってそうやし、人間誰でもそう」
「そうだね」
「ショウゴも、つらいことや悔しいこと、これからたくさん来ると思う。今以上に」
「……うん」
「そんときも、今のショウコみたいに、ゆっくりでいいから、自分を受け入れて、自分にできることをひとつずつしていき」
「うん、ありがとう」
「まぁ、何かあったらまたおいで。話聴くぐらいならできるから」
「っ、うん、ありがと…………」

お兄さんの言葉は、時々胸にぐさりと刺さることがある。
「小学生扱いはするけども、子ども扱いはしない」と前に言っていた、そういう姿勢から来るものなのかもしれない。
それはお兄さんの優しさでもあり、お兄さんにできることなんだなと、今は自分なりに理解している。
きっと、ショウコも同じだと思う。

「て、たまるか…………」
「え?」
「生理なんかに、負けてたまるか、っ…………!」

帰り道で、そう泣きながら呟いたショウコは、いつもの負けず嫌いなショウコに戻っていた。


* * *


あれから二年が経った。
今、夕食後のデザートを巡って、ショウコと喧嘩している。

「最後の一個はショウゴのだもん!」
「だからジャンケンで決めようって言ってんじゃん!」
「今日はひな祭りなんだから、ショウゴに譲ってよー!」
「じゃあ今日だけ女になるもーん! 戸籍は女だもんねー!」
「なにそれずるい!」

ママがひな祭りにと手鞠ケーキを買ってきてくれたのだが、テーブルに登場した箱には五個入っていて、四人で分けるには数が合わなかった。
残りのひとつを巡って、互いに一歩も譲らずバチバチと火花を散らしていると、台所からやってきたママがひょいとケーキを摘んだ。

「喧嘩するなら、ママが食べちゃおっかなー」
「えー!?」

綺麗に声がハモった。

「ママだって女の子だもーん。それに五個入りって気付かずに買ってきちゃったのママだし、その責任取らないと」
「なにそれずるい!!」

また綺麗にハモった。
それを聞いてか、リビングでニュースを見ていたパパが笑った。

自分と向き合って、生理というひとつの壁を乗り越えて、自分にできることを少しずつしていくショウコを見ながら、自分もこれからやってくるいろんな壁をひとつずつ乗り越えられる気がすると、今は感じている。
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