曖昧さにたゆたいながら
自分はアスペルガーではないが、それに近い要素を持っているんじゃないか?
何だか最近そんな風に考えるようになってきました。

長所でもあり短所でもあるのですが、私はその場の空気といったものの変化に敏感です。
自分がなにか発言して、それが(主観的に)良くない空気の変化を招いたと感じたときに「あ、なんかいらんこと言うたやろうか……」とひとり悩むことも多い(そして誰にも相談できずずるずると引きずる)です。
あと、俗にいう「空気を読め」がわからない、冗談が通じない、言葉を鵜呑みにしがち。
一度ツンデレキャラの友人が手作りのお菓子を配る際に「別にあんたのために作ってきたんじゃないんだからね!」というお馴染みのフレーズを口にして、それが冗談であるとわかっていながら、それを鵜呑みにして「ごめんなさい、ごめんなさい」とぼろぼろ泣いて、その子や周りの友人たちを困らせてしまった経験があります。

作家という職業柄、敏感さや繊細さは使いかた次第では大きな武器になるので、今後ともいいお付き合いをしたいなぁとは常々思っています。
しかし、先日ツイッターで見かけた「HSP」という域に入ると、制作がどうの武器がどうのという以前の話で、大きな障害になってしまうのです(診断によると60点以上でHSPとのこと、ちなみに私は80点でした)
参考URL:http://matome.naver.jp/odai/2135453803883182801
作家である前に人間ですから、制作よりも生活ひいては生きることを優先せねばいけません。
まだまだ死にたくありませんし、それが諸刃の剣では困るわけです。

私は繊細すぎるだけ、こだわりが人一倍強いだけ、なのか?
それとも、アスペルガーみたいなものなのか?

そうぼやいたら、母が一言。
「性別と一緒でさ、明確な境界なんてないんちゃうの?」
私も母も、アスペルガーについてはほとんど無知ですが、その言葉になんだか居心地の良さを感じたのです。
カウンセラーの反応もそうでした。
「自分ってそういうとこあるよなーって感じで捉えられるならいいけども、何とか治さなくっちゃ!とかって考え出しちゃうとマズいかな。今のあなたの場合」
二人とも、私以上に私のことをよくご存知のようです。

とまぁ、そんなことをぼんやりと考えるこの頃です。
この正体が何であれ、私は私に変わりはないのですから、先程も申したとおり「武器としての活用法」を考えて、今後とも「いいお付き合い」をしていけたらなぁと思っています。
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